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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ウーム、おぼえていろよ」
寒垢離をして骨ッぱいになった馬春堂が、獅子舞の遠囃子を引っ立ててそこを逃げ出してから暫くして後――。
お粂は髪を直し、濡れた着物をつけ直して率八を長火鉢のそばへ呼び、
「匕首なんぞを抜きゃあがって、ほんとに、お前でも来てくれなければ」
率八の労を多として膳の上を拭き代え、縁起払いにつけ直した酒をお粂自身の手で酌までして与えながら、
「なんてえ、ゲジゲジだろう」
と、なお去らぬ余憤に舌打ちを鳴らしています。
「姐御もまた、何だって、あんな野郎を寄せつけるんで」
「いくら不愛想にしてやっても、のこのこ来るのだから、手におえないやね」
「いつか私が、切支丹屋敷の蔵の中で親分にも話した通り、あいつと道中師の伊兵衛はグルになって、この頃じゃ夜光の短刀を血眼で探し廻っているてえことですぜ」
「ああ、それでだね……」
とお粂のひとみが奥の方へうごいたには気がつかないで率八は、
「ところで、今日来たのもその話なんてすが、生憎と親分は帰ってしまいましたから、お言伝だけをいたします」
「親分……が来たのかい?」
「ええ、つい窓の下まで」
ドキと不安を呼ばれたお粂の胸に、あの蒼白にして傲岸な日本左衛門の怒色をふくんだ顔が浮く。