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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「やっぱり留守じゃありません、お粂さんは裏の方にいるようなんで、それに、変な物音が……」

導いて行こうとすると日本左衛門は、何思ったか、反対の方へ五、六歩急いでお人好しの率八をうしろに見顧り、

「おれは帰る、お粂にあれだけを耳打ちしてやってくれ」

ただ一言。

ぽかんと、口を開いている間に、その姿は抜け道へ外れてしまったので、率八は仕方なく裏へ廻って勝手の腰障子を、

「姐御!」

と、前の調子で力強く手にかけると、こんどは勢いよく開け過ぎて、あぶなく流しの前へ逆とんぼを打つところでしたが、それよりもあッと驚いたのは、板の間で今や組ンずほぐれつの落花狼藉。

お粂を下にねじ伏せた馬春堂が、相手の胸元へ短刀を擬している。その光が率八の眼の玉へいきなり飛びこんだから堪りません。

「野郎!」

というと有り合う獲物、何をつかんだか自分でも分らず、飛び上がるなり馬春堂の頭の上からザーッと手桶の水をおんまけて、

「姐御に向って何をしやがる」

不意を食った馬春堂が下へころげ落ちたところを、手にふれた火消壺をたたきつけ、騎虎の勢いはなお余って、薪や十能や火吹竹など手当り次第に投げつける。