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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「声をたてますよ、いいかい」

「静かにしろ」

「二、三丁先は新花町の番屋がある。お前さんは物盗りならお金をあげるから、この手を放しておくれ、痛いッ、放しておくれッてば」

「小娘にしては、なかなか落ちついたもんだ。おい、もう少し落ちつけよ。物どりには違いねえ、いかにもおれは盗ッ人だが」

「誰か来て下さい――ッ」

突然人を呼ばれたので、日本左衛門の袖がその頭を抑えつけて、少し力を絞ったものでしょう。頭巾と編笠、二ツの影が、降る落葉をあびてもつれ合っている。

「シッ、静かにしろッてえに!」

「く、くるしい」

「何も、お前みたいな小娘を、どうこうする盗賊じゃない」

「手ッ、手を、手を放して下さいよ」

「可哀そうに……」

その美しいもがきに、ちょッと恍惚として、

「放してやるから金切り声を出さないでくれ。いいかね、なるべく殺生はしまいと泥棒の方で願っていても、そッちでヤボな声を出されると、つい、こいつが後を追いかけて行きたがるからな……」

と、何やら魔の目のように目貫の光る刀の柄をたたいて見せて、ふわりと、娘の体を放してやるとよろめいた女帯の間から、リン! といい音がこぼれて落ちたのは、つかい散らした残りの小判の何枚かでした。