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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
渡してやった百両は一時の騙しに違いない。実名浜島庄兵衛、しら浪の通り名を日本左衛門というのは彼です。
「ちイッ……」
と、小娘の浮かれの果てしなさに、うしろで舌打をもらしたものの、名うてな日本左衛門とて、この盛り場では手も出せますまい。
やがて、浅草の灯に別れると、酔のさめたように娘の足どりは少し早めになって、下谷裏町から本郷台の方角へ向ってゆく。
根気よく影をつけていた浜島庄兵衛の日本左衛門には、そろそろ思うつぼの並木や、人通りのまれな海鼠塀、暗やみです。
「オイ、娘さん」
と、手をあげた。切通しの坂をのぼりきッた所で、このあたり根生院の森と棟梁屋敷の黒塀を見るほか、明りらしいものは、湯島新地の大根畑の中にチラホラする隠し売女の何軒かが数えられるに過ぎません。
「待て! おい」
走り出しそうな気振り――と見たので、日本左衛門、かかとを蹴って飛びつくと、娘の白い手くびをつかんでズルズルと路傍へ引きよせてくる。
「な、なにをするのさ、お前さんはッ」
高い悲鳴をあげる代りに、疳走ッた声でこう罵ッたのは、かなり気の勝った娘らしい。つかまれた手に爪を立てながら、切通しの広い前後をふり顧って、早く誰か来る人影はないかと必死に、