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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
だらだらと坂を降りると小溝があって、切支丹屋敷の曲り角、お蝶の帰ろうとする通用門まで、そこも流れに添った薄暗い藪で、赤い椿が、あの世の提灯みたいに咲いている。
そこへ来ると、
「あ……廻り道をすればよかった」
お蝶に悔いの色がうかぶ。
急に足を小刻みに早くして、右がわの藪を見まいとしながら急ぎましたが、そう思う一方には、怖いものを見たさの心が、
(どんな顔に変ったろう)
と、頻りに好奇を唆りもする。
獄門橋の袂です。
橋と言っても、ほんの四、五尺の小溝に渡してある土橋のそば、見まいとしても目につく所に、白木の制札と栗の丸木に新らしい板を架けてある獄門台が、お蝶の足をギクリとくい止めました。
たとい三町や五町の所は廻り道をしても、お蝶はこの前を通るべきではありません。だのに、今日に限って、思わずこっちの道から帰って来たのは、やはり一度はどうしてもここに招き寄せられる因縁であるかも知れない。
ぽと! ……と藪の椿の落ちる音。
片がわの茂みですが夏は木下闇のうす暗く、昼もふくろの啼くさびしさです。チロチロと行く小溝の黒い水に、鬼火のような紅椿がグルグルと人の口を廻すように流れて、獄門橋という橋の名までが、まったく、夕方から夜の人通りを絶っている。