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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

しかも四、五日前から、そのわきの新木の台には、一つの首がさらされて、梢の雫をもとどりに浴びながら無念の目をふさいでおります。

かなり気の強いお蝶ですが、戻って廻り道をしようかと迷うらしく、袂を唇にあてて足を止めましたが、

「ばかだね私は……死んでしまった人間が何をすることがあるものか」

自分の臆病を笑い退けて、むしろ、反抗的に瞳を外らさず、獄門橋に近づいて行ったものです。

(怖かあない)

ほほ笑ましくなりました。そしてこんどは声に出して、

「ちッとも怖いことなんかありゃしない……ねえ、龍平や」

じッと見つめているお蝶は、いったいどんな気持なのか。

青蝋のようなさらし首、ねッとりと黒髪を垂れ、無念そうに目を落ちくぼませたその顔は、ああ紛れもありません。一頃はお蝶の情夫であった、かの山屋敷の仲間龍平が、あわれにも変り果てた姿でした。

あの入れ札のあった時。

龍平は正直に知らぬと札を入れたものを、お蝶はもし発覚しては身にかかる難儀と男を裏切って、ひそかに龍平の名を入れ札にさしたので、かれは立ちどころに捕えられて、牢舎拷問の揚句、とうとう首を斬られたのは、自業自得とは言いながら、さぞ、お蝶に心が残ったでしょう。