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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「おお」

と馬春堂は少し反って、

「おとといの晩の娘さんだったね」

「ええ……そのせつは」

あどけない笑顔を近づけて、伽羅油のにおいに馬春堂を咽せさせたのは、獄門橋で見た時とはまるで違って、いかにもおぼこらしい、混血児のお蝶であります。

お蝶を見ると馬春堂はまた心のうちで、伊兵衛が今もって帰らぬのはどうしたものかと、少し癪が甦ってきましたが、それはすぐ美しい娘の狎々しさに消されて、

「お開帳の帰り道かね」

「ええ、ずいぶん人が出ましたわね」

「あまり遅く帰ると、またこの間みたいな悪い奴につけられるよ。それにお前は今、地獄極楽の見世物を見て来たんだろう、あんなものを見て、よく丹下坂の森を帰られるな」

「だって、おじさん、地獄極楽なんて嘘ッ八はありゃしないでしょう」

「あるさ」

「おかしい……」

ホ、ホ、ホ、ホ、と笑ったはずみに、手にかかえていた包の中から一枚の小皿が落ちて砕け、お蝶の足元へ玉虫色の小片を散らしました。

「あ!」

「なんだい?」

「紅――」

口惜しそうに踏みにじッて、

「わざわざ京屋へ廻って買って来た寒紅なの。こっちの油を落とさなくってまアよかった」

「たいそうみやげ物を買い込んだじゃないか」