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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「そりゃ一刻も早くこの体が、自由になりたいのは山々だが、もうお屋敷を出てから幾月目になるか、沙汰もせねば居所も知らさず、万太郎様も定めし憎いやつと思っておいでになるだろう……」
「ですから、せめてお手紙でも届けましょうかといえば、今となっては、面目ないと仰っしゃるし」
「当り前ではないか。なんで、今さらこの浅ましい病体をして、万太郎様にお目にかかかれようか、お前には武士の切なさは分るまい」
「それ故、湯治場へでも行って、お体の養生をなさるのが、今の大事じゃございませんか」
「ええ、重い」
お粂の体をうしろへ押しのけて、
「止める、拙者は行きたくない」
「そんな捨鉢をいわないで」
「ああ、どうしたらいいのだ、この体を……」
さすが気丈な武士相良金吾も、自分でも得体の知れぬ病状をもてあまして、蒲団へ蒼白な顔をふせましたが、お粂はその息づまり方を察しもなく、押し退けられるほど両の腕を、男のやせた肩へからんで、
「もう駕が来ているんですよ。ねえ相良さん、私のいうこともきいて下さいな。静かな湯治場へでも落着いたら、その上で、この気持ちもすっかり打明けて話しますから」
うしろへひいた帯の端が、スルリと夕暗の畳にうごいて、蛇の妖情を思わせます。