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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

掛障子の紙の色が暗い床脇に白く目立って、秘かに罩めた夕暗の中に、人の気配も仄かであります。

音もなくあいた襖すべりに耳をとめて、相良金吾は床の上から――

「お粂か」

と、膝にのせた了戒の刀を重そうに向き直りました。

「――お支度は」

「ととのえておる」

うしろ向きに立って、お粂が丹前をぬぎすてると、白い肌の曲線が、手早く次に羽織る着物に隠されて、さやかな衣ずれの音と共に、豊熟な女の匂いが部屋いッぱいにひろがって、さし俯向いている金吾の胸にも悩ましそうでありました。

「お粂……」

金吾は憂鬱に額を抑えて、

「わしは止そう、どう考えても、そうしておられる体ではない……」

「あれ、またそんな」

男の体へふわりと絡んで、

「どうしてあなたは、そうすぐに気が変るんですえ? もう駕まで頼んでしまったじゃありませんか」

「…………」

「あなたにしても、いつまでお体がこんなでは、どうジリジリあせッて見たところで、仕様がないことでございましょう」

「といって、このままお前と湯治場へなど、なんで暢気らしく出かけられようか」

「遊びに行くという訳じゃなし、あなたの御病気をなおしに行くんですよ」