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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ウーム、こりゃ深い。まるで井戸のようだ」
馬春堂は、伊兵衛のかざす蝋燭の流れを背中へポタポタ浴びながら、石神堂の床穴へ体をのめりこませていましたが、やがて遂に、
「とても駄目だ!」
と、絶望の声を放つ。
「ま、待ちねえ」
強悪な伊兵衛の声もふるえています。
「深いからといって、このまま諦らめるわけにゃ行かねえ。ウム……こうして見りゃおよそ底の見当がつくだろう」
手につかんでいる蝋燭を、火のついたまま一本一本床下の穴へ投げ落として見ますと――それは美しい一条の光をひいて、直線に真ッ暗な地底へ吸われてゆきましたが、ある程度まで下がってゆくと、ふッ、ふッ、と魔ものの息にかけられたように消えて、伊兵衛の機智もなんらの効果を見せません。
「ちぇッ」
と、舌打ちをしたものの、最後の一本まで投げてしまえば、上も暗やみになってしまうので、それは賽銭箱の上へ蝋を溶かして、ていねいに立てかけながら、
「馬春堂、帯を解きねえ、帯を」
「な、なにをするんだ」
「おれの三尺や何かもつなぎ合せて、この穴の底へ降りてみるから」
「よしな、あぶない芸当は」
「虻も蜂もあるものか、大事な洞白の仮面箱――そりゃまあいいとしても、あの夜光の短刀のことが書いてある書物を、こんな所へ落としちまっちゃあ仕様がねえ」