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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
浅草界隈に、見かけない娘――今までたしか三度もこの前を行き戻りしたが? ……と思うそばから新助のニヤリとしたのは、この男にありそうな銀流しのうぬぼれ。
たばこ屋に笑くぼのある娘をおくように、小間物屋にこの態の男を坐らせておく商法の機微は、今も昔も変りないものとみえました。しかし、気になるのは新助の目で、うす暗い中にジッといる猫目という感じ――ことにあらぬ所を見て何か考えている時は、どうも女たらしの手代にしては、分に過ぎたる険しさのあるのが気になる。
「また帰ってくるにちがいない」
こんな予感をもったらしく、新助はわざと往来を気にして往来を見ずにいると、やがて案のじょう、のれんの下に影がさして、
「あの……」
と、お客様です。
「いらっしゃいまし」
「おたくに、油はありますか」
「油? ……へい、びんつけで」
「いいえ、伽羅か、でなければ松金油でも……」
「おあいにくさまでございました」
「そう」
客は軽く立ち去って、別のものを見ようともしない。けれど、それは新助が心まちをみたしに来たさっきの紫頭巾の娘ではなく、お珍しくない近所の引ッかけ帯のおかみさん。
あきらめました。