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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

と思うと神経で――怨霊の虫みたいに見えた血の花櫛!

お蝶はまだかわかぬ血が指へでもついたように、畳へそれを捨てましたが、一度おびやかして来た疑念と戦慄は、身をふるッても離れませぬ。

「じゃ……ことによるとお父さんは? ……」

そうです――感じるに敏なお蝶がひとりでサッと顔色をかえた胸のうちのとおり、これは、ヒョッとすると、二官の不機嫌な原因がこれに、胚胎していたのかも知れません。

「どうしよう」

畳の目へ沈んだこぼれ針が一本、落着かないお蝶のひとみをキラキラと射ています。

二官はどこか知らず黙々とあるいて出ました。

憂いにみちた顔いろです。

無邪気な小鳥の声、雨とふりそそぐ温光、行く所の足元をいろどッている花も草も、かれの眉をひらくものとはなりません。

子ゆえの暗。

古いことばの味も今の二官の心にはピッタリと迫ってくる。

かれの懊悩は、やはりお蝶の行状を苦にするのあまりでした。それも、気がついたのはごく最近で、初めて、そうかと胸をうたれた時には、もうおそい。もう叱るくらいでは追いつかない。お蝶は親にみせる性格とはまるでべつな人間性を、立派に秘密の世界へ作りあげている。