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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ヨハン」
くずれるように、二官は榎の根元へ腰を落として、
「もういってくれるな。それよりは、久しぶりで、羅馬の思い出話でもしようじゃないか」
「おれは責める! 責めずにはおくものか。二官、貴様はなぜ神を売った、なぜ幕府の手に乗ってころんだか」
「お前が責めなくとも、わし自身が、明け暮れひとりで責めている。妻を持ったためにも、子を持ったためにも、それは当然だろうけれど、人にいわれない苦悩が、現在、わしの上にむくいとなって現われているのだから……」
「その苦しみは当然だろう」
ヨハンは鉄窓の間から、小気味よげに二官のもだえを冷視して、
「これだけいえば、わしも胸がすいた。ころびばてれん! もう用はないからあッちへ行け」
と、唾を吐くようにいい捨てる。
「ひどい! ヨハン殿、それはあんまりひど過ぎる」
二官が色を変えて鉄格子につかまると、
「けがらわしいッ、そんな泣き言をならべたところで、わしには何の同情も持ち合せない。わしは羅馬の民にかわって、お前を存分に恥かしめただけの話だ」
「羅馬……」二官は鉄窓に両手をかけたまま、祖国の名を呼んで、男泣きに肩をふるわせました。