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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
と、初めは怖れおののきました。
けれど日を追うて、そうでないことだけは薄々わかりました。かれらは何か、べつに目的があってこの山屋敷へ探りに入り込んでいる密偵であろう。
強いて、自分にかかわりのないものと考えを落ちつけて、星の光に聖書を読みなやみ、眠気を待とうとすることもありましたが、そんな時、何気なく鉄窓の外を見ると、いつのまにか、鋭い目を持った黒衣の男が石室の中をのぞいていたりすることがある。
…………
さて。
さっき今井二官が血相をかえて自分の住居へ戻って来た時、その後について、裏の藪からひょいと豆絞りで顔をくるんだ男の半身が、しきりに辺りの様子をうかがッている。
見ると、伊兵衛であります。
目白の石神堂で、釘勘という苦手に追いかけられて、すっかり泡を食った道中師の伊兵衛。
当座しばらく姿をかくしていて、今ここへ忽然と現われたようですが、実は少しも忽然でなく、あれ以来たいがいな日は、この山屋敷のうちに生活していて、ただ姿を人目に見せないだけです。
「おれの眼力はちがわなかったぜ」
伊兵衛はニッタリして藪を出ました。
次に移ったかれの居場所は、すなわち、今井二官の家の床下です。