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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「ヨハンが? ……」お蝶はぶるぶるッと目に恨みをこめて、

「あの人が、そんなことをお父さんに告げ口したのですか」

「天を怖れろ、おそろしいのは神のおさばき、おまえのその生首が、龍平と同じ獄門台に乗らないうち、自分の手てさばきをしてやるのが、わしがお前に送る一番最後の愛だ」

「いやです、私は死にません」

「刑吏の錆刀よりは、慈愛の刃をうけてわしと一緒に死んでくれ」

「あっ、いやですッ」

「こッ、こうまでいって聞かしても」

「死ぬのは嫌です! お父さんッ、――あれッ、あれッあぶない!」

絹をさくようなお蝶の声。

それまで、耳をすましていた縁の下の伊兵衛も、ふたたび頭の上にひびく物音に、どうなる事かと思っていると――その襟元へ、タラタラと生ぬるい液体がこぼれて来たので、

「あッ」

と、仰向いて見ると、床板の隙間に、まざまざと滲み出してきたのはまぎれもない血汐の雫……

「ちぇッ、ばかな真似をしやがッて、とうとうお蝶を」

首すじに垂れた血潮をなで廻して、伊兵衛もそこでうろうろと、

「折角、夜光の短刀の秘密を、親子の口から索ろうと思っていたのに、心中されちゃア玉なしだ」

じッとしてはいられなくなって、四ツん這いになった道中師の伊兵衛、そこを飛び出そうとして暗がりをはい出すと、土台柱一本へだてて、意外やそこにも二ツの目玉。