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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「よし」
と、伊兵衛も道中差。
平身にかがまッて抜き合いましたが、頭はつかえる、土台の邪魔はある、おまけに相手の毛色も分らない床下では、なんの変哲もあり得ませんから、ただそれをそうやッて、そのまま睨み合っているよりほか、このところ変化のつけようがありません。
そこでこの状態のまま、二本の刀が根くらべの三昧に入ることややしばし。
果てなき勝負と見えました。
ここに冬眠からさめた蟇でもそこらにおりましたなら、さだめし、結果いかにと、両手を突ッ張って行司顔に、ながめ入っていたかもわかりません。
すると、その時また、
「うう――むッ」
と、床の上のただならぬ絶叫。
お蝶のうめきやら二官の苦しみやら知れませんが、とにかく、上の屋内で大変の起っているのは、甚だしくそこらへ雫となって垂れる血汐でも察しられます。
どたッと、たおれる音。
「おッ、お蝶ッ……」
はッきりと、二官の声。
「――夜光の!」
もつれる舌で、
「夜光の! ……」
「おッ、お父さーんッ……」
と、つづいて苦しげなお蝶の声が、嵐の中から叫ぶように。
はッとそれに気をとられて、伊兵衛の胸算はとつおいつ、この縁の下を出ようか出まいか。