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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
た」
「手がしびれる……すこし放してよ、ヨハンさん」
「あ、すみませんでした」
ヨハンが手をゆるめると、性を失ったお蝶の指から、短い刃物がカラリと床へ落ちておどる。
「で、私は法王庁から、その視察をいいつけられ、日本へ渡航を命じられましたが、禁教の国へばてれんとして上陸るすべはないので、わざと漂流人のふうていを装い、大隅の国の屋久島へ乗渡り、そこで故国の人々と船をすてて、ぼんやりと、ひとり湯泊の海岸へあがッたのです」
ヨハンは、七年の前を追想して、石室の中で目をとじました。
あとのことは日本幕府の記録が示すとおり、村人に見つけられて長崎の宗門方に渡され、やがて江戸表護送となって、前後十数回、筑後守新井白石のきびしい取調べをうけたのであります。
思うつぼに、ヨハンは切支丹屋敷へ下獄されました。そして、折あらば二官に向って、羅馬王庁のことばを伝え、王家の復興をわすれ夜光の短刀の捜索をすてて、無為に生きながらえている非行を責めようと、機を覗ッていたのでありました。
ところが、二官はヨハンの下獄してきたのを知りつつ、そこへ会いに来たこともなければ、たまたま、ちらと姿を見せても、あわてて顔をそらしてしまう。