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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

それはカピトルの踊り子などが、勝手に『恋すな草』などと名をつけて、失恋の花、失愛の花ときめているからでございましょう。またこの花を好くものは必ず不運な死をとげるという迷信も手伝っておりました。――ところが、あなたの御先祖、慶長の頃、この日本へ流浪なされて、夜光の短刀を持ったまま最期の場所を謎となされたその貴族は、たまらなく、この鶏血草の真ッ赤な花がお好きだったので有名な方でございました」

ヨハンの話は、ペトロ院の日あたりのいい庭で、説教をする時のように、お蝶の耳へもわかりよくはいりました。

二官の祖先、お蝶にも血のつながる遠い過去の人――

かの羅馬の市府では「恋すな草」とさえいって人のいみきらう鶏血草の赤い花を好んだ貴族。

その人はまだ、日本が戦国の余燼をあげていたころに渡来して、かの京都耶蘇寺の焼亡後、西国の切支丹大名にもよるべなく、禁教の声と迫害の目に追われて、ひとり関東地方を流浪していた形跡があります。

その後かれがなつかしき羅馬へあてた通信もたえて、世は徳川治世となり、新将軍秀忠、三代家光相ついでの鎖国禁教の令に、薄命な羅馬貴族は、杳としてその消息をたったままとなり来りました。