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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

と――薄暗く湯のにおいがする梯子だんの中途で、病人らしい若い侍へ、

「お風呂でございますか」

小間使いのおりんが、ことばをかけると、

「お出かけか」

と、先でも軽く、あいさつをしました。

そして、もう一度、上と下とて、両方の目が振り向き合った時、

「――相良さん、ずいぶん長いお湯でしたね」

廊下の角に待っていたのは、宿の浴衣にかい巻をひッかけた、丹頂のお粂の姿でした。

次郎という山猿のような下僕の少年と、おりんというこれはまた愛くるしい小間使いをつれて、三人ひと組、この隠居藤屋の二階にいりようおかまいなしで、春先から入湯にきている妙齢な佳人は、今――本家の方の退屈な湯治客のなかで、よるとさわるといい話題の中心となっていて、

「いったい、あの女は何様だろうか」

と、いうささやきが、もッぱらであります。

この熱海のことなら土地の者よりはおれに聞けというような顔をしている、中風病みの男が、

「あれは番町のお旗本のお嬢様で、連れている猿みたいな小僧は、根府川のお関所で飯炊きをしていたのを、用心棒のためにもらいうけて連れて歩いているのさ。あの小僧と棒押しをして見な、とても強いから」