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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
うしろを見ると、大漁染の半纏を引ッかぶった漁師だの、熊のような男達が、腕ぐみをして、こんどは前にこりて用心ぶかく、こっちの足どりにつれて黙々と、船虫のようにくッついてくる。
はッと、おりんが思いあたったのは、この道の先の魚見小屋です。網で攻めるように自分たちを追いこんで、そこへ連れこもうとする策ではなかろうか?
とは気がついてみても、うしろを振顧ると、あとへ帰る気にもなれないし、立ち止まってもいられません。
鎌倉右大臣の――箱根路をわがこえくれば伊豆の海や――その伊豆の海はだんだんと困惑の足もとから暮れかけてきそうです。
大島初島も、すでに紅い夕霞の奥となって。
…………
時に、ちょうどその頃――同じ海の暮色を見ながら、日金の峰の中腹、東光寺の下あたりから、口笛をふきつつ町へ帰ってくる、風の子のような元気な小僧がありました。
まもなく、湯前神社の石段から町へ降りてきた口笛の馳け足は、隠居藤屋の裏庭へ飛びこんで来て、そこから、
「お嬢様、ただ今」
と、二階の部屋を見上げました。
月江の小僕次郎です。
次郎は今年十五だそうで、遊びたい盛りの溌剌たる眼が、ちょッとの間も、ひとつ所にジッとしてはおりません。