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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

金吾の憂鬱はその悔いです。

お粂のいらいらするのは、ここまで行ッていながら、まだともすると、自分の手から逃げそうな男の気振りです。自分の情炎に溶けきれないものが男のどこかに残っている不満です。

せめて、その憂鬱を晴らすかと思って飲んだ酒も、金吾には沈痛な理性が研げてくるばかりであり、お粂には、いよいよ酒がそのじれッたさを増すのみでありました。

……酒が冷える。

「導引はいかが、導引はいかが」

廊下の障子をなでてゆく按摩の影が、この無言の部屋の前を大きな蜘蛛のように通りすぎました。

宿の間毎は、浮世の縮図のように、さまざまです。

そこから廊下を離れた角二階の部屋は、例の問題の、月江様、おりん、小僕次郎、こう三人がいる部屋で、そこの空気はまた、いつも和気と春風にみちて、ハチきれそうな笑いの爆発がたえません。

「いや! 次郎は狡い」

「痛い、痛い」

「痛ければお放し」

「死んでも放さない」

「強情だね、お前は。りんや、加勢しておくれな、次郎は狡くッてしようがない」

「ホ、ホ、ホ、ホ、錣引、錣引、わたしは読み手ですから、どちらへも御加勢はいたしませんよ」

何を笑いはしゃいで争ッているのかと見ますと、これは近ごろ流行ッている読み加留多のうんすんであります。