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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ひとり道なき山の沢を迷っているのは金吾の影でした。

いや金吾のみならず、あの関所の人数が暴風のように千鳥ヶ浜を襲った後は、みな散々ばらばらになッて、八方へ敗走せざるを得なかったでしょう。

「残念至極……あの事さえなければ、たとえ刺しちがえるまでも、日本左衛門のやつを生かして置くのではなかったのに」

と、金吾は道に迷いつつ、道に迷っている当惑は念頭にありません。

体も綿のごとく疲労しているはずなのに、なお、時々、つぶやくことは、かれを打ち損じた無念。一太刀の怨みを酬ゆることのできなかった心残り。

が反対に、相手の日本左衛門にいわせれば、もう一足捕手の殺到が遅かったなら、金吾の五体を膾斬りにしてくれたものを――と、今頃はどこかで、舌打ちをしているのかも分らない。

とまれ金吾は、今夜の機会を逃がしたにせよ、またいつか一度は、きッとこの報復を思い知らしてやるぞ――と迷える道を歩むのでした。

どこへ?

この迷える道をどこへ歩もうとするのか?

それは金吾にも分りません。

かれはただこれから先、どこまでも生きなければなりません。出目洞白の仮面を万太郎の手で尾州家の元の宝蔵へ納めるまで、必ず生き通さなければなりますまい。