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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

――帰れ帰れ! 妖婦ッ、奸婦ッ。これ以上金吾の身に寄ってくるならば、この了戒の刀を越えてまいらねばなるまいぞ――」

と、かれは心の怨敵へ構えるものの如く、来の一刀を片手に抜いて、お粂のひとみに見せつけますと、ヒラリと身を躍らして、幻滅の谷底へつき落とされた女をあとに、また行方も知れぬ山路をしばらく無我に走りつづけました。

気がついて見れば、いつかあなたに青々とした芦の湖水の水と、湖尻の山、乙女峠、長尾の肩などが明け方の雲表にのぞまれて、自身は、暁風に吹かれて一面な篠の笹叢がつづく十国峠の背なかを放浪しているのでありました。

大望

タラン、タン、タン、タン

ドン、ドドン、ドン

ヒュウー、ヒャラリ……と横笛や大鼓の音につれて、長閑にもまた悠長な太鼓や鈴の交響楽――お神楽囃子が聞こえます。

それが、社の内ならともかく、一軒の草葺屋根を、グルリと取りまいた防風林――その百姓家の庭先で。

のぞいて見ると、色の黒い男どもが五、六人、そこに筵を敷き、太鼓をすえ、横笛をかまえ、草神楽の稽古の最中と見えまして、

「ほい、右足――」

「それ、打ちこむよ」

「廻って――」

「ドン、ドドン、とそこで大鼓がはいる」