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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
……だのに、ちッとも待ッてくれないでさ」
と、ようよう少し落着いて、髪や襟元を直していますと、
「お粂、お前は何か考え違いをしていやしないか。――拙者はもうお前とは逢わないつもりだ。この先まで、一緒に逃げて行くなどという思案は毛頭ない」
「相良さん、それは本気でいっていることなんですか」
「元より本気じゃ、この場合のことばに、なんで嘘や戯れがあろうか」
「それでは、何で私を助けるために命がけで、日本左衛門を追ッかけて来たんですえ? そんな、気の分らない話ッてないじゃありませんか」
「お前を助けるために? ……なるほど、お前から考えれば、そう思ったかも知れないが、拙者が日本左衛門を打とうとしたのはその意味ではない。かれは主家の仇だ、自分にとっても真土山の黒髪堂以来、終生、忘れることのできない仇だ」
「えッ……じゃお前さんは、私のことなどはちッとも助ける気じゃなかったんですか」
「お粂ッ――貴様も拙者にとれば仇の片破れだぞ。お前は知るまいと思っていようが」
「あッ……それでは、何もかも」
「知らいでどうしよう! 金吾は悪病と悪夢からさめている! 形の上ではそちにも長い世話になったが、礼をいう一言もない。