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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「えっ? ……」
と、伊兵衛のことばの意味がくめないで、目をしばたたいておりますと、
「笛でもよし、舞でもよし、鼓師の方だッてかまわねえ。昔とッた杵づかだ、おれも一ツその阿佐ヶ谷神楽のお仲間に入れてくんねえ、え、いいだろう。いやか、いやならいやといって見な、おれにも少し考えがある」
ここにまた徳川万太郎は、熱海へ行った釘勘の返辞を待っている約束で、根岸へ帰った後、しばらくおとなしくしておりましたが、春行かんとする呉竹の里に、歌をよむでなく詩を作るでもなく、無為の日永を歎じていますと、夏めく南風にも欠伸が出、爛熟した花鳥もいたずらに倦怠です。
で、またぞろ、禁足を破ッて、根岸の屋敷を飛び出しました。
外の風に吹かれると、かれの本性は目をさましたようにピチピチして、
「ああ、大名生活は退屈だ」
と、青空の下の自由をよろこび、心ゆくまで世間の空気を吸うもののように歩む。
「あぶない!」
いきなり鋭い声を浴びせられて、びッくりした万太郎が、はッと、うしろを見ると声の主は、もう前の方へ、パパパパッと砂煙をあげて駆け抜けている。
一騎、神田橋から大手の方角へ――
つづいてまた二、三騎。