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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「いや。そうか」
というと、万太郎は忽然とそこを去りました。
そして、かれの足は御府外の方へ向く。
武蔵野原を北に歩んで尽くところ、北多摩の山の尾根と、秩父連峰のなだれが畳合っている辺に、峡谷の郷が幾つもあるそうです。
高麗の郷高麗村というのは、その峡谷の首村であり、御隠家様の屋敷がある所と、かれは今、堂番の男につぶさに聞いてまいりました。
途中、街道の古びた草紙屋で見つけて買い求めたのは、一冊の懐中絵図――その頃、まま版行された道中細見、あるいは、御府外名所手引などの類でありましょう。
のろのろと往還する牛飼、野菜車、馬子、旅人、薬師詣での人たちの中に交じッて、平坦な街道を歩みながら、その懐中絵図をひろげて見ましたが、高麗村という名は見当らない。
けれど、女影ヶ原、久米川の流れ、北多摩の山裾などをたどり見ますと、おぼろにその方角だけは察しられますので、尋ねて尋ね当らぬこともなかろう。
武蔵一円の石神の司祭者、高麗の御隠家様とは何者か知らぬが、銭瓶の穴から持去った洞白の仮面と「ばてれん口書」は明らかに自分の品、正当に理由をのべて返してもらうに憚る事はない。