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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「それッ、高麗村に案内してやる!」
とばかり、駕もろとも万太郎は、笹や灌木の枝をザザザザザ――と摺って、高い岡窪地の底へ、ドウンと、勢いよく手を放されたものらしく、身は転々と転落して、その落着きを知りません。
ややあって万太郎は、ハッと正気に回った様子。
意識を得て、彼は初めて、自分が幾刻か、あのまま気絶していたことを知りました。
そして、吾に回るや、
「ウーム、憎ッくい奴!」
と、憤ろしき呻きをもらしましたが、箱詰同様な駕の中、早速に、手も足も出たものではない。
しかし、その駕があるため、あの高い所から転落しても、かすり傷一ツなかったのは一面の僥倖でしょう。
駕は苦もなく破れました。
彼は脇差を以てメチャメチャに突き破り、乱鬢となって這い出しました。
地上に星がまたたいている。水があるなと歩み寄って、小さい泉へ身をかがめ、口をつけて美味そうに吸いこみます。泉に映れる星影が、万太郎の口へ幾つもはいったような風に見える。
ついでに、脇差の笄をぬらし、鬢の乱れをなでつけて、衣紋を直した落着きは、こんな場合にも、さすが尾張の御曹司です。
と――その時、どこかでゆるい笛の音がする……笛につれて太鼓……太鼓につれて小鼓、大鼓。