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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

騎馬の郷士が立ち去った後、鍛冶小屋の軒から白雲のごとき湯煙りがモウッと噴き出しました。

鞴の火に水をかけた野鍛冶の半五郎、顔を洗って、畳の上へあがり込み、

「ああ吃驚させやアがる、おらあまた、奥の娘のことで、川越の役人でも来たんじゃねえかと思って、ギクリとしたよ」

と、仕事を終えたあとの一服、うまそうに吸って煙管を投げ出す。

お常が寝酒の支度をしてくる。

早速それにかかって、チビリ、チビリと飲みながら、

「どうだい、奥のは?」

と、一眼をギョロリと、ふすま隣へ向けました。

「どうしたのか、よほど疲れているとみえて、正体なく、寝てばかりいるようだよ」

「そうだろう、おれが巣鴨へ行った帰り途、ちょうど庚申塚の先であの女を見かけたんだが、まるで、ふらり、ふらりと、魂の抜けた人間みたいに歩いているので、初めは、てっきり気狂いだと思ったくらいだ」

「そんな調子で、何処からとなく歩いていたのかしら、着物の袖はほころびているし、裾はまるで泥だらけさ。……で、夕方ちょっとつまみ洗いをしておいてやったけれど、友禅のゾックリした物なんだよ」

「いずれ、素性の悪いものじゃあるまい」