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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
現に。
その晩、高麗村の峡谷から命からがら逃げ出して来た阿佐ヶ谷神楽の仲間の残りは、運わるく、二子の池のほとりでこの女に出っくわして、肝を消し、中には早腰を抜かした者もあって、散々な目に会いました。
しかし、ひどい目に会ったとはいえ、それは勝手に先方が驚きあわてて、吾れがちに逃げ出して、小川へ落ち込んだり、いばらに引っかかれたりした臆病の罪で、女が何の危害を加えたわけでもありません。
同じように、浦和の馬市へ夜半から立って来た青梅の博労連も、意気地なく馬をすてて逃げ散りました。
それとて、べつに女が不意に声をかけたわけでも何でもなく、彼女は真ッすぐに仮面を向けたまま無心のごとく歩いて行ったに過ぎないのです。
が――
後に浦和や川越あたりでパッと立った評判を聞くと、あらくれた博労たちには、かえってそれが鬼気に迫って、実際凄かったものとみえる。
噂はすべて、ひろがるほど尾鰭がつくが、その晩の博労の一人が、後に人に語っていうには、
「おらあ、てッきり、二子の池の主だと思うんだ。なぜかってお前、その女が……その口の裂けた女がよ、友禅の裾をうしろへ曳いて、スウと、とおって行ったあとを見ると、どうだろうおめえ……まるでなんだ、大蛇が草を分けて行ったように、おんなの歩いたあとがグッショリと水にぬれている――」