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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
としている。
気性が勝っているようでも、やはり若殿は若殿、日本左衛門がお坊っちゃん扱いをするが如く、どこか悠長なところがあるのでしょう。
「――どうしたのじゃ、この道は、昨日もたしかに歩いたように覚えられるが?」
二日も道に迷いながら、迫らず騒がず、まことに鷹揚なふところ手。
染屋の悪狐にでも憑かれているようです。
だが、いかに万太郎が御殿育ちでも、昼狐につかれる程なボンヤリではありません。
彼が、昨日も今日も、自分で怪しみながら同じ道に迷っているのは、この土地の地理にうとい必然な錯覚であります。ここを有名な女影の里の迷路であると知ッたなら、彼も、もう一層ゆッくりと編笠の紐でも解いて、そこらの草叢にどっかりと腰を下ろし、おもむろに迷って来た方角を反省してみる必要があったでしょう。
――それを知らずに、唯、錯覚の感じを頼りに歩いている中に、彼は、一軒の黒い家を見かけて、
「おお、あれにあるのは野鍛冶の家らしいが……」と、そこへ足を早めて行く。
半五郎の鍛冶小屋です。
門に寄って、仕事場の土間をのぞき込んで見ますと、今日は、半五郎の夫婦もいず、鞴に赤い火も燃えていない。