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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

慾をいわないで、ひとつ明日から舞台に立って見るさ。……太夫の衣裳や支度はあっしの方で工面しておいたから」

と、興行元はそこらに居合す者へも、それぞれ何かいいふくめて、空き地の小屋へ出掛けてゆきました。

「困ったねえ……」

と、お粂は板の間へペッタリすわって膝の前に仕掛独楽を、つくづく妙な気持で見ました。

もし、独楽が人間だったなら、

(お前とわたしと、どうしてこんな縁になって、こんな家の板の間に、さし向いになるようになったんだい?)

と、聞いて見たいような気持です。

で、考えてみると、そもそもこうなる初まりが、熱海を去ッた後、一時の寄るべに窮して、江戸にいたころ贔屓にしていた染之助一座の幟を見かけ、その楽屋へ身を頼って旅を尾いて歩いたのが因縁でありました。

でも、一座が厚木を打っていた時分は、曲りなりにも、岩井染之助一座という看板がありましたが、あれからが一座の災難とお粂の災難。

飛んだ火事騒ぎから座頭の染之助や女形の袖崎市弥などが天領役所へ引ッぱってゆかれてしまうし、なけなしの衣裳小道具もだいぶ焼いたし、眉毛のない残党どもと、とぼとぼ落ちてゆきましたが、あとに残った御同役組では、いかな草深い蓆小屋でも、とても芝居にはなりません。