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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

お扶持医者の小川玄堂は、その足で直ぐに、城下の上屋敷に老臣の曾根権太夫を訪れていました。

殿からのいいつけを聞くと、権太夫は、

「なに、尾張中将様の御一子万太郎君がそちの家に? そりゃ稀有なことじゃ、万が一、お粗相でもあっては、お家の一大事」

とばかり、蒼惶として供揃いの用意をさせ、玄堂を案内に、自身は徒歩で、一挺の塗駕を清掃して早々迎えに出向く。

やがて、南町の小川玄堂の宅。

お扶持だけでは過ごしてゆけず、町医だけでも立ってゆかず、両天をかけてどうやら雀羅だけを張らないでいる外科医者の門前に、糊目正しい裃の供侍がズラリと埋まったところはまことに奇観です。

「玄堂」

「はっ」

「若殿はおいでの御様子か」

「おられるようでございます」

「但馬守涼朝の老職、曾根権太夫がお迎えに参ったと御前体よしなにお取次いたしてくれ。わしはここに控えておる」

権太夫、そういって、薬種くさい一室の隅にしゃちこ張っている。

「では、暫時これにて」

「わしはかまわん、若殿の方に、くれぐれお粗相があってはならぬ」

「只今、御意を伺ってまいります」

と、玄堂はおそるおそる奥へ這入って行った様子です。