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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

書斎、薬室、寝間、すべてを兼ねた玄堂の居間とみえる奥の一間に、徳川万太郎はそこの机や薬研と雑居して、今しも一面の鏡をすえ、

「ウム、これは少し、鈍刀だな」

剃刀を持って、あごの辺を剃り上げている。

その傍らに、ちょこなんと、畏まっているのは高麗村の次郎。

「おじさん、襟を剃ってやろうか」

「などといって、お前は、剃刀を持ったことがあるのか」

「ばかにしちゃいけないぜ、狛家にいた時分は、いつでも、おいらがお嬢様の襟足を剃ってやったんだ」

「そうか、じゃひとつ、腕前をふるって見せてもらおうか」

「よし、やってやろう」

と、次郎は小脇差の下げ緒を解いて、肩から袖を斜にむすぶ。

「なかなか形がいい、その構えなら剃れるだろう」

「おじさん、動いちゃいけないよ」

と、自分の指に唾をつけて襟足へぬりつけ、彼の頭を唐瓜のようにつかみましたから、万太郎も恐れ入って、

「これ、次郎」

「へ」

「なんで襟をぬらしているのだ」

「つばで」

「きたない! その鉄瓶に湯があるだろう」

「もうありません。あ、それではあそこの水を」

と、湯呑みを持って行って縁先から、手洗鉢の水をすくってくる。

「懸人は不自由じゃのう」