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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「心配するな、そのうちに、きっとお前の詫びはかなえてやる」

「でも、あの仮面が、こッちの手へはいらなければ……」と、さびしげに、呟いているうち、彼の目が、ふと向うの立て看板の文字に吸いつけられました。

連日大入りにつき日のべ仕り候――曲独楽娘一座、嵐粂吉。

その辻看板に、嵐粂吉という名を見たものですから、いつぞや髪結が言伝して来たことばを、胸に浮かべたものでしょう、次郎はふと、

「あ。お粂さん」

と、そこで口に出しました。

「お粂さん?」

万太郎も、お粂という女の名は、どこかでうすら覚えのあるような気がする。

そこで次郎の話が、彼に偶然な興味を添えたものか、賑やかな鳴物を囃し立てている空き地の方へ、人波に交じッて流れてゆきますと、

「おい、稲」

と、その人中を外して、前へゆくうしろ姿へ、編笠の縁をしゃくッた二人連れの侍がある。

稲とよばれたのは、前髪でいなせな若者、

「え?」

と、人混みへ目を迷わすと、

「あれへ行ったのは、たしかに、尾州の万太郎じゃねえか」

と、肩に肩を寄せて来てささやきました。

「人中でよく見えなかったが、背イ恰好は万太郎らしかった。だが、何か、紋所が違っていやしなかったろうか」