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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
粂もこの二人を目の仇に憎むほどの筋もない。
そこで。
冗談は冗談として、過日の注告や、今夜のことを改めて礼をいうと、馬春堂はそれですっかり虫の納まったふうですが、伊兵衛には胸に一物があるらしく、
「なに、礼なぞには及ばねえことだが、おめえ、この先の興行を一体どうして打つつもりだい」
「この先?」
「そうよ!」と伊兵衛は大仰に、
「あぶねえのはこの先だ、いろいろの事情を聞けば、日本左衛門はどうしても、おめえを殺さずにはおくまいと思う」
「それを思うと、私ゃ、いやになってしまうのさ。いつまで、執念ぶかく私を困らすつもりなのだろう」
「しかたがねえ、蛇を食ったむくいでね」
「措いておくれ、今じゃこの通り、旅芸人にまでなり下がって、それどころの身の上じゃないよ」
「だが、今さらなんといったところで、千束の稲吉は、日本左衛門からいいつけられたところを、やり遂げるまでつけ廻すにきまッている。この川越を打ち上げて、次へ行けばその土地へ、そこで殺せなければまた次へ」
なるほど。
そういわれて見ると、今夜の無事を祝ってはいられません。――お粂は伊兵衛のことばを聞くにつれて、思わず気が沈んで来ました。