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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

武士として、男として、かばかりの無念がありましょうか。

金吾はぶるぶると身をふるわし、眦を裂いて、対岸を睨みました。

しかし、ひとたび憤念の烈火にみずから恥を感じてみれば、この際、彼に返すことばはないのです。残念とも何とも言いようがないけれど、一矢を酬うることすらできない。理は彼にあって自分にはありません。

かなり深く、自分を理解してくれている主君や釘勘にさえ、疑惑の目をもってみられているお粂との関係を、仇たり女讐たる日本左衛門が、今のように罵るのは当然なことです。今さらそれを彼に向って、言い訳がましく叫んでみたところで何になりましょう。

ああ吾あやまてり。――金吾は髪の毛をかきむしッて自分を罵りたい。

怨むべきは吾が身です。次に、今さら愚痴ですが、憎んでもあきたらぬのは、魔性の女のいたずらな恋慕――内心如夜叉の美貌に親切らしい化粧をつくッて、眠り薬を用いて自分の生涯に拭うべがらざる不覚を与えた丹頂のお粂です。

(武士らしい名分を口にするなら、お粂との始末から先に洗って来い)

といった相手の放言は、罵詈でも毒舌でも、動かすことのできない正当なことで、むしろ、身の暗影を拭わずに、彼に向って、仇呼ばわりをした金吾が、匹夫同様に嘲けられても、まことに是非ないことと言わなければならぬ。