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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「どうしよう?」

彼女は身を抱きしめて立ちすくみました。

そうして、うろたえているまにも、ザッザと篠を掻き分けてさがして来る黒い影の半身が近づいて来る。

「おっ……」

思いがけなく、彼女の目を驚喜させたものがあります。それは、こっちの断崖と向うの絶壁の間に渡されてある一筋の蔓繩と、タランとそれに添うてたるんでいる一本の麻繩。

繩の影をたどって自分の足元を見ますと、その端が巨木の切株にからめてあります。オオと、お蝶の手がそれを解くが早いか、もう必死になって手繰りおります。

と。

招きに応じてくるように、あなたの暗から一箇の怪物がカラカラカラと鳴き声を立てながら宙を渡って彼女の手もとへ飛びこんで来ました。

おそらく、都会に育ったお蝶がその怪物に触れたのも初めてで、それを乗り物と感じたのは草双紙の知識であったかも知れません。何かといいますと、例の木曾路の大妻籠あたりでは重宝がられている籠渡しというしろもの。

宙に架けられた一条の蔓繩に、小さな車を噛ませてあるばかりの吊り籠です。元より危険といえばこの上もない危険、とても安んじて大事ないのちを託しうる物ではありませんが、彼女として今の場合、そのあぶないものが地獄に仏です。