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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
まったく、間髪をいれる隙もなかったほどであります。
が――それほど早かった機智の刀も、綱をすべッて行った籠わたしの電瞬だったのには及ばなかったとみえて、一方を断たれた蔓縒の綱がビュッと谷間へうねり落ちた時は、お蝶をいれた籠が向うがわの絶壁へ、どんと送り届けられた刹那でありました。
生きた心地もありますまい。
「あッ……」
と彼女がその中からころがり出すと共に、空になった籠は、宙にとどまるまもなく、断たれた綱の先端を抜けて、お蝶の身がわりに舞い落ちました。
「しまった!」
日本左衛門が二度目の悔いを叫んだのはその時で、かなり余裕をもって追って来たつもりの彼は、自分のなしたこのありがちな失策をながめて、思わず苦笑をもらさずにはいられません。
「ばかなまねをしちまった」
こういったきりです。
冷静になって、今の場合をもういちど反復してみれば、あえて、そんな逸まッた行為をとるにも当らなかった。――なにも抜き打ちに綱を切ッてお蝶を籠もろとも、千仭の底へ葬らなくっても、彼女が渡り着いたらそのあとから自分も細繩を手繰ッて籠をまねき、それに乗って向うへ渡ればよかったことだ。