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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

それから二人が曲ったのは、町家のなかの狭い横町、角の土蔵から幾軒目かの廂をかぞえて、この一劃では小ぎれいな家の格子をあけると、伊兵衛が先にはいって、

「姐御、いまけえりました」

と、なにげない顔で上へあがる。

そこには、上がり口から三味線や太鼓がみえるし、すぐ次の部屋にはなまめいた女の衣類などがぬぎ散らしてありますが、世帯道具らしいものは一点も見当らない。

興行の間だけ、土地の太夫元が空家を借りてあてがってくれた、嵐粂吉の住居です。

「お粂さんは居ないようだね」

馬春堂が奥をのぞくと、そこに、襦袢と湯もじ一つでふざけていた一座の女弟子たちが、

「いいえ、二階」

と、意味ありそうな笑い目を天井に向けます。

「このあついのに?」

伊兵衛はうンざりした顔で、

「――連中が二階に居ちゃしかたがねえから、夕方まで、ここで昼寝でもしているとするか、なあ馬春堂」

上がり口の六畳間に、二人はゴロリと手枕をかいました。――そして昼寝によそおいながら、この興行の上がり金をさらって逃げる相談をささやいていますと、上の二階では、伊兵衛が笑ってつぶやいたとおり、このあついのにウンスン骨牌の札音がさかんであります。