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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
冷やッこい金物が、革袋の口からお蝶の指にさぐり出される。それは、辞書編纂のため常に出入りするので二官が特に預かっている切支丹屋敷の土蔵の鍵。
うしろ向きに、深く夜具の襟をかぶって寝ている父を見ながら、お蝶は、繭を破って抜け出る蛾のように這い起きて、壁の頭巾をとり、面をくるむ。
水口の戸を開けると同時に、サッと流れこむ寒風を怖れながら、素早く、音を盗んで外へ出ます。
まだ宵でしょうが山屋敷の中は真夜半とも思われる淋しさ。黒い同心長屋の屋根、お役宅の壁、それらは一所の森にかくれて、どこかで、気味のわるい夜鳥の啼き声がするなど、成程、世間の人が、切支丹屋敷という名にあわせて鬼気陰々たる所と想像しているのも、いわれなき事ではありません。
「土蔵の下で、もう龍平が首を長くしているだろうネ……少し約束よりおそくなったようだ」
お蝶の目には男の姿がチラつく。
家の裏から藪に添って少し出ると、バラバラバラバラ、雨のような落葉!
そこに年ふる四、五本の檜があるので。
「オオ、寒!」
と頭巾のはしを口にくわえて、お蝶の足が自然と早くなりましたが、それとともにどこかで不意に、