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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

何しろ、十六、七までは、欲しいと思う紅を求め白粉を得ることさえもできず、極端な不自由と束縛された生活が、年頃になって、殊に龍平という悪い虫がついてから、にわかに異常な虚栄を張るようになりましたが、二官には、その怖ろしい物質慾の芽生えも、お蝶の、青春の危機にも気がついていない。

ふと、伝八の口から耳にしたことさえ、つとめて、打ち消すようにして、敢て、幸福な眠りを急いで床についてしまう。

すると……その晩です。

やがて――

父娘ふしどをならべて、平和な夢に入ったかと思うと、二官の寝入りばなをうかがいすましつ、お蝶の腕が、夜具の端から白蛇のように、父の枕の下をさぐっている。

「む……むウム……」

二官が寝返りを打った途端に、かの女の身は機敏にちぢまり込む。

木枕のきしみに、あの、妖冶な顔を仰向けにしたままのそら寝入り……。

そして。

眼をつぶりながら……。

お蝶は蒲団の中で父の革巾着を胸のところに抑えていました。――必死となれば切通しの晩の如く、日本左衛門に向って匕首をひらめかす程なかの女も、さすがに、父親はこわい。

蒲団の中の心臓の音が自分にもハッキリと聞こえる。