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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「どうも知らねえふうなんです、それで実あ、大急ぎで飛んで来たんですが、あいつの魔薬のさめないうちに、こちとらの手で片づけてしまっちゃどうでしょう」

「けれど、あれを殺るなあ秦野屋の役廻りで、おれは、今夜もお粂の帰りを待って隙があったら、その女を先に殺ってしまわなければならねえ」

「ですが、金吾の方は、折角、魔薬が充分に廻って、今のうちなら骨も折れず、どうでもなるところですぜ」

「それもそうだな」

「宵のうちの一仕事、案内は、あっしがいたします」

「じゃ、そこらに居るのを、寄せて来い」

「ようがす」

鉄砲笊を持たない屑屋が、人ごみをくぐって、何処かへ姿を消したかと思いますと、それから間もない後、千束の稲吉を中心にして、七、八名の黒衣の男が、石和屋の二階の灯がすいて見える、諏訪神社の夏木立を背景として、目ばかり光る人影を集めていました。

この一組は、稲吉の手下について、毎夜お粂の楽屋帰りをねらっていたものですが、特に今は、魔睡している金吾のいのちを奪ることは、袋の物をつかみ出すより容易いことと、にわかに、それに向って動かんとするものです。

ゆさぶり落ちる松柏の夜露と共に、人のささやきも黒衣の影も、いつのまにか諏訪の森から消えていました。