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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「濁り橋のそばに蔦屋という旅籠がございましょう」
「ウム、ある」
「そこへ江戸の親分の言伝をしに行っただけの事なんで、へい」
「先はたしか、お蝶という女だったな」
「おそろしい地獄耳でございますね」
「そして、その言伝というのは」
「そ、そいつだけは、勘弁してください」
逃げ腰になる八助のえりがみを取っておさえて、九兵衛は道中差の柄がしらを彼の鼻づらへこすりつけながら、
「言わねえな……この野郎」
「言います……言いますから手をすこしゆるめておくんなさい。あっ……血が」
八助かふるえ上がったのも無理ではありません。顔をこすられた刀の柄に、ねっとりとねばるものを感じたので、何気なく手をやってみると血のかたまりです。
「うるせえ、早く言え」
と九兵衛の力は仮借がない。
「実はなんです、江戸の親分のいいつけで、その蔦屋にかくれているお蝶さんていう娘に、呼び出しをかけたんでございます」
「なんと言って?」
「あの娘のさがしている乳母のお咲っていう者の名を騙りまして」
「ウム」
「この間うち、お嬢様のお姿を町で見かけて驚きました。そのせつ、おことばをかけようと思いましたが、師の僧のお供をしていたので、ついそのまま行きちがいました」