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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ちょうど軒にも灯がはいる頃。

九兵衛も程よく酔った顔をして、女中たちにざれ口をききながら、料亭の門へ送られて出て、

「かごは。かごはどうしたい」

「きております」

「ウム、二挺だよ」

「さ、お連れ様も、お召しなすって下さいまし」

お粂も何気なくそれへ誘われながら、前のかごに、ぐんにゃりともたれ込んだ九兵衛を覗いて、

「荷元とやらいう家へは、かごでゆく程遠いのですか」

「なあに、遠いといっても、城下はずれさ。歩いてゆけば、腹ごなしにちょうどいいが、途中の道がすこしさびしい。……それに、どうもわしは飲むと、一時ほど眠くなってな」

口をきくのもものうそうに、

「ええ。いい心もちだ」

と、かごの背に寄りかかって、高いびきをかかないばかりな居眠りです。

杖をあげた二挺の町駕籠は、幾つもの辻を折れて、城下の灯をあとへ後へと送ってゆく。

人目のうるさい町中だけ、かごのすだれを下ろして来たお粂が、その時垂れを上げて外を見ますと右も左もいちめんな青田です。

かご屋の足拍子におどろいて、その青田の稲の波へ、紙のように散らかるのは白鷺です。

ツイ、ツイ、と流れて来ては、駕籠のすだれにとまったり、駕籠の中を通りぬけたり、自分の袖にこぼれて来たりするのは、螢の青い明滅です。