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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そして、男の心は、自分の手くだ一つで、どうにでも変りうるものと信じている。

九兵衛はお粂を外に誘って、

「わしはこれから一軒の荷元へ寄って、秋繭の相談をすまし、その話の都合次第で、明日にも江戸へ帰るとするから、どうだな、そこまで一緒に来てくれないか」

それにもお粂に異存がないので、

「では、支度でも直して」と、城下でも一流の料亭に草鞋をぬぎ、風呂をわかさせてお粂にもすすめ、女中や帳場にも祝儀をおろして、随分鷹揚な旦那ぶりをみせました。

「うーム、おまえは舞台顔よりは、そうして湯上がりの薄白粉の方が遙かにいい。どうだな、小屋者の足を洗って、気が涼しくなりあしないか」

「ほんとに、これでせいせいしましたよ」

「そうだろう。さ、酌いでくれ。おまえも一杯……」

「え」

酒の顔を見て、お粂が急に眉を顰めたのは、まだ今朝の悪い気分が澱んでいるものとみえます。

九兵衛はあしらいよく、

「それだからいけないよ。飲むさ。頃合に飲んでごらん。迎え酒というやつだ。だが、自棄はいけない、江戸へ行って、浜町の別宅に納まってもらっても、自棄酒は御法度ということにしてもらいたいね」

ふた口、三口飲ると、胸につかえていた不快なかたまりもさがったような気がして、今朝のがぽっと目元へ出ます。