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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

はて、困ったものだ」

男が、しきりと腕をくんでいるのが、お粂にはばかげたものに見えました。

「弱ったなあ、これはわしの早計だった」

「何がそんなに弱っているんですよ」

「おまえがさ」

「私が居ちゃあ邪魔なんですか」

「飛んでもない、邪魔なんて、ひがんでくれては困るが、その荷元の機屋というのが、江戸の者とちがって、おそろしい堅人なのさ」

「じゃ、私は何処かで待っていますよ」

「でも一人でさびしかろうに」

「旅にはさんざんなれていますから」

「う。いやそうだッた。じゃ、なるべく早く話を切上げて来るから、向うの辻堂で待っていてくれないか」

「早く帰って来ないと、どこへでもいってしまいますからね」

あまり他愛のない男の甘さを見て、お粂もつい、からかって見たくなった。

「すぐだ。すぐ戻ってくるから」

うしろへ手を振りながら、九兵衛は畷を駆けて、どこか横道へかくれました。

*   *   *

鼻寺の奥に灯がみえる。あの方丈の明りなのかもしれません。

そのともしびのほか、この辺の木立の奥に、遠く近くちらついている灯は、たいがい寺の灯であります。

その寺に有縁な、石屋、花屋、塔婆屋などの俗家が数戸たちならんでいる所は、商売がら宵のうちから一軒も戸が開いている家はない。