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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
しかし、九兵衛にはそれがどっちであろうと、大した問題ではありません。彼には彼の肚がある。――こうしてお座なりのおつきあいしているのも、もう半刻か一刻。
そのわずかな後に来るおそろしい運命の暴風を気づかずに、遠大な計をめぐらすつもりで、しきりとお蝶の生殺に考えを囚われているのは、やはり神ならぬ日本左衛門の気の毒なところだと、おかしく考えているのです。
と、そこへ法達が膳を運んで来ました。
納所用の朱い椀に、手製の鯉こくの味噌のにおいや、八助が寺の小流れで洗いあげた作り身などが添えられて出る。
そこで。
各の手へ杯が分けられた機に、九兵衛はここへ一同を集めた手前、この甲府にいることは危険だから、一日も早く、柳沢家の勢力外の地へ、足をぬいた方が得策であろうということを、あの老弁でいかにも日本左衛門の身を杞憂するごとく、じゅんじゅんと説いて自分のお座なりの一役をすませました。
九兵衛の胸の底に、自分を裏切るおそろしい策がかまえられているとも知らずに、日本左衛門はだいぶ心をうごかされた様子。
では、どうせ土用の辰の日には、鹿野山で顔をそろえる約束のあること、ここをひきあげて、一先ず上総の方へ足を抜こうか。