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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そして、暗いのを幸いに、本堂のなかほどへ足を横にして坐りながら、

「アア、ほんとにくたびれた。……じゃお咲が来ますまで、ここに休ませておいてもらいます」

そう言って、内陣の方を振向きましたが、そこには今、人がともして行った一個の網雪洞が、厨子の螺鈿や古びた金泥の物体を、メラ、メラと、あやしげに明滅させているのみで、法達の姿はどこへ行ったか見当りません。

そのまま、いつまで待っても音沙汰がないので、

「ちッ、どうしたの」

お蝶はすこしじれだしました。

「自分から、来てくれといって使いをよこしておきながら、人をばかにして――。帰っちまうよ私は。いいかい乳母や」

袂から出した洞白の仮面を膝にのせて、誰にも言い人のない叱言を般若に聞かせておりました。

すると。

ひとみの中に火を焚かれたように、般若の金瞳がトロトロと燃えて、キバに裂かれた青隈まで、急にすごく浮いて出ましたから、彼女が、アッと、それを投げようとしますと、

「お蝶、来たか」

と、うしろの声です。

仰ぐと、そこに白上布を着流した日本左衛門の影が水のごとく立っていました。そして、彼女の肩の上に、網雪洞の細い灯をかざしてニンマリと笑みをゆがめている。