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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

膝にのせていた般若のひとみがトロトロと燃えたと見えたのは錯覚ですが、そこに日本左衛門が立ったのは現実です。

お蝶はぶるぶるッとすくんでしまう五体をどうしようもありません。日本左衛門の目は冷ややかにそれを眺めて笑っている。

彼女は、一尺二尺と、あとへ体をずらせました。

が――立つ隙がありません。――逃げる隙がありません。腕も袂もつかまれていはしませんが、のがれることのできない竦み。

「よく来たなあ。おれは待っていたんだ。乳母のお咲という使いは、この日本左衛門が出したのだ」

こう言って、相手が膝をまげて、ぼんぼりを下へ置こうとしたせつなに、彼女は、飛鳥のように立ちました。

と――

「お蝶ッ」

日本左衛門が鋭く言います。

「だめだ! 廊下を見ろ、うしろの内陣をよく見ろ。白いものが見えないか、あれは人の骨ではない。短刀だ、おまえが逃げるところを待っている短刀だぜ」

その時には、明らかに人の気配が四方のやみにうごいていました。

すると、日本左衛門はその暗へ向って、

「雲霧――」

と、まず呼びます。

「へい」

「秦野屋」

「へい」

「稲吉」

「オオ」

「四ツ目屋――。もうここはいいから、方丈でゆっくり飲んでいてくれ。