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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ウム、こいつア美しい」
と、両方の手へ、仮面をかぶった顔をのせて、熾に、火の粉を吹きあげて来る修羅のさわぎを、他人事のように見下ろしていました。
九兵衛が頬杖をついて見ている目の下のながめは、なるほど、きれいと言えばきれいです。壮観といえば壮観です。
何が美しいと言って世に大きな炎が物を焼きつくしてゆくほどの変化のある美はありません。
ですが、その美観は、それを対岸の火災視することのできる、冷たいひとみにだけ映るもので、ひとたび、その紅蓮を身にかぶるなり、その火の粉に追われるなりする時は、人間は決して、火を美しいとは言いますまい。
今も、鼻寺の炎上を、九兵衛は山の上から、頬杖にあごをのせて見物していますが、その火の粉の舞うところ、その炎のうずまくところ、その黒煙りの底は大変です。文字どおりな修羅の巷です。
たれが苦行して開山いたか、あたらこの一刹も、弘法大師を売り物に御夢想ぐすりの看板をかけられ、狐狸のすむ以上な人間の巣となって、今は、不浄役人の駆けずり廻る間に、惜しまれもせずバリバリと焼けています。
かりに、こういう寺にも、仏心のある菩薩の像がすえられていたならば、むしろ、焼けた方がよいと、大紅蓮の厨子のなかで、あざ笑っているかもしれません。